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それはiPhone13ですか?いいえ、ただのトランプです。-続・マジックと科学技術-

(友人との企画で卒業文集創ったのでそこに寄稿したものの転載)

※この記事はシルクドソレイユの公演「O」などの一部ネタバレを含みます。


"O" by Cirque du Soleil - Official Trailer - YouTube

 真っ赤なシルクの幕が舞台を覆い、頭上にはドーム状の神秘的なステンドグラス。舞台にあげられたその観客は、執事風の司会にさとされ原稿を読み上げる。「ladies and Gentleman……」壮大で真っ赤な幕を背景に、どこか緊張を残しつつも、スラスラと読み上げる男。次第に大きくなるバックミュージック。そして読み終わり、男が紙から顔をあげた瞬間。ふわっと、男の身体が宙に浮いたかと思うと、一気に上空へと飛んで行く。それにつられるように舞台を覆う真っ赤な幕が、中心から舞台の奥の方へ一気に吸い寄せられていく。そしてその先には、幻想的な湖と数隻の小舟が浮かんでいた。

  2015年の春先、卒業旅行という形でラスベガスに行く機会があったので、いくつかショーを見てきました。そのうち一つはクリス・エンジェルというマジシャンのマジックショー「BELIEVE」、そしてもう一つがシルク・ドゥ・ソレイユの「O」という常設公演です。ラスベガスはカジノが有名ですが、エンターテイメントの街としても有名です。街を歩けばダンサー、マジシャン、バンドマン、仮装と様々なエンターテイナーがストリートパフォーマンスに勤しんでいます。そんなラスベガスと、同じくエンターテイメントの街として有名なニューヨークとの最大の違い。それはラスベガスにはエンターテイナーとしての頂点と底辺しかいない事です。日中ハリボテのような仮装や、芸ではなくほぼ喋りでカジノ客から小銭を稼ぐストリートパフォーマー。一方で一流ホテルに常設シアターを持ち、町中の電光掲示板に昼夜顔が出る最高峰のエンターテイナー達。シルクドソレイユ、ブルーマン、その名は他ジャンルにまで知られています。

このエッセイは、筆者が大学1年生の6月にSNSサイト「mixi」に投稿した記事「マジックと科学技術」という記事を約4年間の経験、そしてエンターテイメントの最高峰ラスベガスで見聞きしたものを元に再考しようというものです。まず簡単に以前書いた記事の要約、そして「続・マジックと科学技術」について書くことで、読む方がテクノロジーの功罪について考える一助になれば幸いです。

当時の意見は割とシンプルで、テクノロジーが発達すれば人はそのテクノロジーの中身(なぜ飛行機は飛べるのか、なぜテレビに人は映るのか)の原理を理解しなくなる、するとマジック自体も見た時に頭を悩ますのではなく、そういうもの。と感じる様になり芸としての感動が落ちるのではないか、という趣旨です。少し引用します。

どんどん「仕組みは分からないけどそういうもの」というものが増えている。

マジックの話に戻ると
マジックは、そのマジックをやってるマジシャンからしたら不思議ではない。
「これこれこういう仕組み」で、「こうなるからこう見える。」と理解して練習して演じている訳だしね。
てかマジシャンが自分のやってるマジックが不思議だったらそれもう本当に魔法ですわw
「マジック」と「最近の科学技術を用いた製品」はとても似ている。
どちらも、”見てる人の知らない物理現象の集大成”という点で
しかし、その二つが受ける評価は別だ。
「マジック」は“不思議”。
「最近の科学技術を用いた製品」は“そういうもの”
もしこのまま科学技術の発展でマジックが追いつかれると、マジックもそのうち“そういうもの”みたいな評価を受ける。
例を出すなら、もしテレポーテーションが科学的に発明されたら、すべての脱出マジックはなんら不思議じゃなくなるし、タケコプターができれば浮遊マジックryっていう風にマジックは着実に後を追われる(´・ω・`)  

マジックと科学技術 2011年06月18日02:58 より

 

 

実際この記事を書いた当時から今を比べると、明らかに科学技術の進化によってマジックはやりにくくなりました。マジックをやった後に、「音声認識ではないか」「カメラではないか」など。もちろん、そもそも疑われるようではマジックとして完成ではなく。芸ではなく物語や人で魅せるべきという論もありますが今回は論点がずれるので割愛。

 ラスベガスの話に戻ると、実は10年前の2005年にも一度ラスベガスでマジックショーを見ているのですが、当時とは状況が完全に異なっていました。まだiPhoneなどが登場しておらず、ネットも普及期ではない当時では、マジックへの興味は街としても大きく、マジックショーだけでなくマジックショップなどが盛んでした。

 しかし10年後の2015年では、当時有名だったマジシャンの専用シアターや専用ショップはブルーマンにとって変わられています。テクノロジーが進化し、その進化の情報がネットで手軽に入手できる現代では、もはやマジックの不思議さは半減しているのです。

冒頭でご紹介したのはシルクドソレイユの「O」の演出。言ってしまえば台本を読み上げた観客はサクラ(演出側が客として用意した芸人)であり、このシルクドソレイユのショーでは数度サクラを使った演出が見られます。飲み物を買ってきた男性を壇上にあげてはしごをわたらせ、数十メートルもの高さから湖につき落としたり、細かな演出から観客はサクラだと最後の瞬間まで気づきません。そして、気づいてもサクラであることを「なんだサクラか」という風に感じない。直前までのドキドキ感を肯定的に捉えるのです。

一方でマジックではどうでしょうか?会場に来た観客を数人あて、名前と出身と生年月日を当てる。それも壇上に当初からおいてあった宝箱の中に書いてある。というマジックがありました。もちろんこれはサクラではありませんし、裏ではとても秀逸な仕掛けがしてあります。しかし、観客の頭の中では自分以外の観客は全員サクラですし、小型マイクでの通信、はては超小型プリンターまで存在するのです。なまじ科学の原理を知らず、結果の恩恵だけ受ける現代では、人々の頭の中の方がよっぽど魔法じみています。

 一方はサクラを使いサクラだと判明しても感動する。そして一方はサクラを使わないがサクラだと疑われ感動が半減する。この違いは、もはやマジックという名前にあると私は考えています。

 マジックのルーツは諸説ありますが、一説には祈祷師が自身の治癒力を証明するために、切った藁をつないだのが元だという話もあります。つまり、元々はマジックが目的だったのではなくマジックを手段として別のもの、ブランディングなどに活用していたわけです。

マジックを手段として活用した好例はいくつかありますが、そのひとつがディズニー0シーのアトラクション、タワー・オブ・テラーのキャラクター「シリキ・ウトゥンドゥ」の消失の演出です。照明やBGMなどを活用し、一瞬で姿を消すシリキ・ウトゥンドゥ。原理は単純なマジックなのですが、この現象は見る人を楽しませます。なぜならマジックをやられると身構えていなかったからです。現代では、その多くのマジックはマジックという名前を使います。マジシャンはマジシャンとして呼ばれマジックをする。「これからマジックをする。」という前提が観客の頭にある時点で、マジックの効果は半減するのです。

もちろんマジックという名前を使わなければ、そのジャンル事態が存在できず芸能としての発展は期待できません。しかし名乗ると効果が半減する。マジックとはそういった矛盾を孕んだ芸能であると私は考えています。しかし、そろそろ手段としてのマジックを考えるべきなのではないでしょうか。

世界には様々な芸能がありますが、結局はその芸能自体ではなくその芸能で何を表現するか、何に活かすかという視点が自身の芸能を昇華させる上では重要なのだと思います。芸能にかぎらず、自分がやっている事との定義は常に模索するべきです。マジックとは何なのか、それを「トランプ1枚くらいの厚さのディスプレイ」が登場した時では遅すぎます。ゲーム、ポケットモンスターに登場するポケモンフーディン」の語源となったロベール・ウーダンの言葉に「人はただ騙されたいのではなく、紳士に騙されたいと思っている」とあります。

ロベール・ウーダン(Robert Houdin 1805-1871)それまでの魔法使い風のローブから、当時の社会に馴染むように燕尾服を着たり、照明を明るくするなどをして、現代マジックの父と呼ばれている。

観客に「今から使うのはトランプです。iPhone13ではありません。」そんなセリフが決まり文句になるマジシャンなんてとても紳士とは言えませんよね。

恐らく現存するマジックのその多くは、10年後には人に感動を呼べないでしょう。マジシャンが紳士であり続けるために、マジックとは何かを常に考えなければいけません。しかし、それはマジックに限りません。その他の芸能、職種、価値観、私達の社会は常に適者生存を求められ「それは何なのか」を考え続けなければいけません。科学技術の進化がどういった影響を物事に与えるのか、マジックはその良いサンプルになることでしょう。

卒業文集ということで大きなテーマに戻しましたが、これを読む方にとって少しでも科学技術とは何なのか、自分たちが何気なく使っているテクノロジーにどんな功罪があるのかを考える一助になれば幸いです。

 

 

 

 

 ちなみに誰かが撮影したやつ。

(本物の1割くらいのインパクトしか無いので、見る可能性がある人は開かないことをおすすめします。)

 


"O" Cirque du Soleil pt 1 - YouTube